遠沈管の語源を探ると、いろんなことが見えてくる
当社で「遠沈管」と呼んでいるものは英語で “Centrifuge tube” といいます。
“Centrifuge”は「遠心」“tube”は「管」ですから直訳すれば「遠心管」となります。
「遠心管」という呼び方も広く通用していてどっちが正しいのか迷います。Google検索で調べても両者入り乱れています。調べていくと「遠心沈殿管」という呼び方もあり、恐らくこれを縮めた呼び名が「遠沈管」なのでしょう。
同じ漢字文化圏でも中国語圏では「离心管(離心管)」というようで、簡体、繁体の別はあっても大きな表記揺れはありません。日本で「遠」となるところが「離」に変わっています。
考えてみれば「遠心」という語も不思議な言葉です。「離」の方が「遠」に比べ動的で相応しい感じもします。なぜ静的な場所を表す「遠」なのでしょう?
訳語の元となった“Centrifuge”は Christiaan Huygens によって17世紀に命名された合成語です。
“Centri”は「中心」を指し、“fuge”は「逃げる」を意味します。全体として“Centrifuge”は「中心から逃げる」を表しています。ちなみに“fuge”は音楽形式の“fuge”と同じ語で、主題が模倣応答に「追いかけられ、逃げる」ように感じられることによるものです。
日本で初めて「遠心」の語が使われたのは、いつのことでしょうか。
日本国語大辞典に「遠心」は「中心から遠ざかること」とあり、*暦象新書〔1798~1802〕中・上「振子(ふりこ)画輪の地平に正立するが如は、遠心、求心の力より外に重力ありて下方より引が故に、人力を止れば輪転の動も止むなり」の用例が出ています。
「暦象新書」はジョン・ケールのニュートン力学を解説した物理学書の蘭訳本を江戸時代の蘭学者、志筑忠雄が抄訳した書で、19世紀になって「遠心」の訳語が中国語とは関係なく日本独自の文脈で現われたことがわかります。
となると、なるほど、「遠」は「遠ざかる」の「遠」なのかもしれません。しかし「遠ざかる」の「さかる」とはどういう意味なのでしょう。静的な「遠」に動きを与えている「さかる」こそ「遠心」に込められるべき意味を担っているに違いありません。
「さかる」は調べてみると「離れる」を意味する動詞で、上代にまで遡ることのできる言葉のようです。おそらく「裂く」などと同源で、別語の「盛る」などと衝突し駆逐されたのでしょう。日本国語大辞典にも16世紀までの用例しか出ていません。
江戸時代「遠ざかる」の「さかる」は意味のよくわからない語になっていたため「さかる」が省略されて「遠」だけが付いても違和感を感じなかったのでしょう。「遠離る」の表記が生きていれば中国同様「離心」となったかもしれませんね。
底の形状から
遠沈管は底が円錐形になっています。これは遠心機にかけたときに微量の沈殿が採取しやすい厚みを持って堆積するように工夫された結果と思われます。この円錐状を巡って、「円錐形の」を表す「コニカル」や「尖った」を表すドイツ語「スピッツ」などが付いた「コニカルチューブ」や「スピッツチューブ」というものもありますが、これは形状にフォーカスした命名がされているだけで遠沈管とほぼ同じ物です。当社では、鋭角的な底形状を持つものを便宜上「スピッツチューブ」と呼んでいます。
他にも自立できるようになった「自立式」、「スクリューキャップ」などキャップの形状、「マイクロチューブ」など大きさの違いにフォーカスした命名など複雑に入り組んでいます。例えば、日本では遠沈管といえば50mLや15mLなどのイメージですが、欧米では1.5mLや2.0mLのマイクロチューブを “Centrifuge tube” と呼ぶこともあるようです。
蓋(ふた)について
遠沈管の蓋は遠心という過酷な環境に耐えられるよう、高い気密性を維持できるように設計されています。ワトソンの遠沈管のキャップにはOリングがありません。それは、精密な金型設計により広い面で蓋と本体の開口部が接して気密性が保たれるためです。この設計は、クライオチューブやOリングレススクリューキャップチューブにも活かされており、この遠沈管の開発以降ワトソンブランドのスクリューキャップの特徴の一つでもあります。気密性能を維持するためにオートクレーブできない点は留意が必要ですが、滅菌済みなのでオートクレーブは必要ありません。何より、Oリングかない分、低価格を実現しており高評価をいただいています。
遠沈管
https://watson.co.jp/product/tube/centrifuge
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